MONOSHIRI
MONOSHIRI日本酒飛露喜
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飛露喜

一度は廃業を覚悟した蔵の復活劇——「無濾過生原酒」ブームの原点

1999年、福島県会津坂下町(あいづばんげまち)の片隅で、廃業の決断寸前まで追い込まれた小さな酒蔵があった。九代目当主・廣木健司、当時32歳。父が急逝し、長年蔵を支えた杜氏も引退、経営は火の車。「もう蔵を畳むしかない」——その結論に達したとき、一本の酒が全てを変えた。特別純米 無濾過生原酒と名付けられたその酒は、発売とともに首都圏の酒販店で話題になり、わずか数年で全国の酒好きが求める伝説的な銘柄となる。銘柄名は「飛露喜(ひろき)」——夜露のように現れた喜び、という意味を込めて。廃業の淵で生まれた一本は、やがて日本酒業界全体に「無濾過生原酒ブーム」という大きな波を起こすことになる。

会津坂下、廣木酒造本店の200年

飛露喜を造る廣木酒造本店は、文政年間(1818〜1830年頃)に福島県河沼郡会津坂下町で創業した。江戸時代後期、会津藩の領内である。会津地方は古くから米どころ、水どころとして知られ、戊辰戦争の激動を経ながらも、酒造業は地域産業として根づいてきた。廣木家は代々この地で酒を醸し、地元向けの普通酒「泉川」を主力銘柄として商いを続けてきた。

しかし1990年代の日本酒業界は深刻な衰退期にあった。全国の日本酒消費量は1970年代のピークから半減し、地方の中小蔵は次々と廃業していく。廣木酒造本店も例外ではなかった。先代の廣木久三氏が急逝したとき、若き九代目・廣木健司氏が受け継いだのは、赤字続きの蔵と、高齢で引退間近の杜氏、そして先細りする地元市場だった。健司氏は大学を卒業してまだ数年、醸造の経験もほとんどない状態で、突然家業の全責任を負うことになる。

「もう畳むしかない」から、たった一本の逆転劇

廣木健司氏が蔵を継いだ直後、事態はさらに悪化する。長年酒造りを支えてきた杜氏が引退を申し出たのである。杜氏のいない蔵で、自分一人で酒を造れるのか——常識的に考えれば不可能である。経営状態も厳しく、融資の当てもない。健司氏は「もう蔵を畳むしかない」と本気で考えた。

転機となったのは、1999年の偶然の出会いだった。地方の酒蔵を紹介するテレビ番組が廣木酒造本店を取材し、その放送を見た東京の酒販店店主が連絡を取ってきたのである。「一度、新しい酒を造ってみないか」——そう声をかけたのは、当時プレミア日本酒を発掘し始めていた首都圏の専門店だった。

健司氏は覚悟を決める。畳むなら、最後に一本、自分が本当に納得できる酒を造ってから畳もう——。杜氏がいない蔵で、自ら杜氏として立ち、すべての工程を手がけた。生まれたのが、「飛露喜 特別純米 無濾過生原酒」だった。発売と同時に2,000本は完売。酒販店からの追加注文が全国から殺到し、健司氏は廃業の決意を撤回する。一本の酒が、200年続いた蔵を救ったのである。

廃業寸前の蔵が、廃業しないための最後の一本——飛露喜の出発点にあるのは、追い詰められた者の覚悟と、それを支えた一人の酒販店主の慧眼だった。

「無濾過生原酒」という新潮流——手を加えない美学

飛露喜が業界に与えた最大の衝撃は、「無濾過生原酒」というジャンルをメジャー化したことだ。それまでの日本酒は、搾った後に活性炭で濾過し、加水して度数を調整し、火入れ(加熱殺菌)してから瓶詰めするのが一般的だった。これは流通上の安定性と味の均質化のために必要な工程とされていた。

しかし飛露喜が選んだのは、その真逆の道だった。

  • 無濾過:活性炭で濾過しない。酒本来の色(微かな黄金色)と香りを残す
  • :火入れしない。酵母と酵素の生き生きとした躍動感を瓶の中に閉じ込める
  • 原酒:加水しない。搾ったままのアルコール度数(17〜18度)で瓶詰め
この三つの「しない」を貫くことで、飛露喜は圧倒的なフレッシュさ、濃厚な旨味、果実のような香りを獲得した。口に含むと、まず米の旨味が舌全体に広がり、次にパイナップルやメロンのような華やかな吟醸香が立ち上る。後味にはしっかりとした旨味が残るが、酸度が絶妙でくどさはない——「濃いのに切れる」という新しい味のバランスを提示したのである。

この成功が引き金となり、2000年代以降、全国の日本酒蔵が次々と「無濾過生原酒」をリリースするようになる。飛露喜は単なる一つの銘柄ではなく、日本酒の新しいジャンルを切り拓いた記念碑的存在となったのだ。

会津の米、会津の水、会津の風土——テロワールの力

飛露喜の味わいを支えているのは、会津盆地という土地の力である。会津地方は四方を山に囲まれた内陸盆地で、夏は暑く冬は厳しい雪に閉ざされる。この寒暖差の大きさが米の旨味を凝縮させ、豊富な雪解け水が仕込みの基盤となる。

  • 五百万石山田錦:地元福島県産を中心に、飛露喜専用の契約栽培も行う
  • 磐梯山系の伏流水:軟水寄りで、発酵がゆっくり進み、柔らかな酒質を生む
  • 会津の寒冷な気候:低温発酵に最適、吟醸香をゆっくり引き出せる
  • 冬の雪と沈黙:蔵全体が雪に包まれる冬、もろみは静かに発酵を続ける
廣木健司氏は原料米の選定にも徹底的にこだわっており、酒米の品質によって年ごとの味を微調整している。飛露喜は「年ごとにわずかに違う表情を見せる酒」でもあり、それがまたコアなファンを惹きつける理由の一つとなっている。近年は自社での米作りにも挑戦しており、「原料から一貫した酒造り」を目指す姿勢は、業界の注目を集め続けている。

SAKE COMPETITIONの常連——令和の確固たる地位

デビューから四半世紀、飛露喜は日本酒業界の第一線に立ち続けている。SAKE COMPETITIONでは純米酒部門・純米吟醸部門で上位常連、国内外の品評会でも数々の受賞歴を誇る。定番ラインの「特別純米」、プレミアムラインの「純米大吟醸」、そして伝説の「無濾過生原酒」——どれも入荷と同時に完売する人気ぶりだ。

特筆すべきは、飛露喜が単に人気を維持しているだけでなく、毎年品質を向上させ続けていることだ。廣木健司氏は「今年の酒が去年より美味しくなければ意味がない」という信念のもと、毎年の酒造りで新しい挑戦を続けている。酒米の見直し、酵母の選定、発酵温度の調整——小さな改良を積み重ねることで、飛露喜は二十年以上、進化をやめていない。

飛露喜を味わう、一期一会の夜

飛露喜を最大限に楽しむには、いくつかのポイントを押さえたい。特に「無濾過生原酒」は生酒なので、取り扱いに注意が必要だ。

  • 必ず冷蔵保存:生酒は常温で置くと品質が変化する。開封後は数日以内に飲み切るのがベスト
  • 温度は8〜12度:冷やしすぎると香りが閉じる。冷蔵庫から出して数分置いてから注ぐ
  • グラスはワイングラス:華やかな吟醸香を最大限引き出す
  • 料理は濃厚寄りでも大丈夫:脂ののった魚、和風のクリーム系、きのこのバター焼きなど——飛露喜の旨味が濃いので、料理の主張に負けない
特におすすめしたいのは、会津地方の郷土料理・こづゆと飛露喜を合わせる組み合わせだ。こづゆは会津の祝い料理で、貝柱、里芋、きくらげ、人参、豆麩、銀杏などを薄味で煮た汁物。素材の旨味がじんわりと出た一杯に、飛露喜の濃厚な旨味が重なると、会津の風土そのものを口に含んだような体験ができる。地のものには地の酒——この基本が、飛露喜の場合は特に美しく成立する。

飛露喜という名前には、「夜露のように一瞬現れる喜び」という意味が込められている。廃業寸前の蔵から生まれた一本に、これほどふさわしい名前は他にない。

1999年の一本が、200年の蔵を救った。そして飛露喜は、その後の日本酒業界全体の可能性を広げた。今も廣木健司氏は、会津坂下の蔵で、毎年の酒造りに全力を尽くしている。派手な宣伝もなく、ただ一本ずつ、誠実に。飛露喜の一本を開ける夜は、ぜひその物語にも思いを馳せてほしい。グラスの中の黄金色の液体には、追い詰められた若き蔵元の覚悟と、それを信じた酒販店主の目利き、そして会津という土地の静かな力が、確かに溶け込んでいる。

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