醸し人九平次
パリ8区、エトワール凱旋門から程近い場所に、三つ星レストラン「Guy Savoy(ギイ・サヴォワ)」がある。世界中のグルメが予約を取るこの名店のワインリストに、ある時期から日本酒が載るようになった。しかもそれは、ロワールやブルゴーニュのグランクリュと同じ段に、堂々と並んでいた——銘柄は「醸し人九平次(かもしびとくへいじ)」。愛知県名古屋市緑区、萬乗醸造という小さな蔵が生み出した一本である。「日本酒が、ワインと同じ土俵で評価される」——この現実を作り上げた陰には、一人の異色の蔵元と、彼が歩んだ挑戦の軌跡があった。
俳優から酒蔵へ——久野九平治という15代目の覚悟
萬乗醸造の創業は正保4年(1647年)。徳川家光の時代から続く、370年超の歴史を持つ老舗である。蔵元は代々「久野九平治」の名を襲名し、現在の当主は15代目 久野九平治。しかしこの15代目、家業を継ぐ前は役者だった。東京で俳優業を志していた青年が、父親の急病を機に家業を継ぐことを決意し、名古屋に戻ってきたのは1990年代後半のことである。
役者出身という経歴は、酒造りにおいては異例中の異例だ。しかし九平治氏は、外から蔵を見てきた経験を逆手に取った。「これまでの日本酒の売り方は、本当に世界に通用するのか?」という問いを立て、米の生産地、精米歩合、発酵管理、海外販路——すべてをゼロベースで見直した。1996年、萬乗醸造は「醸し人九平次」という新ブランドを立ち上げる。「醸す人」という意味のブランド名には、酒は技術の産物ではなく、人が人の手で醸すものという哲学が込められていた。
日本酒を世界に売るためには、まず私自身がパリの食卓に立たなければならない——そう決意した時、蔵の未来は変わった。
Guy Savoyの扉を叩いた日——アポなし営業という伝説
醸し人九平次がパリで認知されるきっかけは、教科書通りの営業活動ではなかった。2000年代初頭、九平治氏は自ら数本のボトルを持ってパリに渡り、アポイントメントなしでGuy Savoyを訪ねた。門前払いされても不思議ではない行動である。しかしサヴォワ氏は、この東洋から来た若い酒蔵主に時間を割き、持参した醸し人九平次を試飲した。結果は——即日採用。その場でワインリストに加えることが決まり、ギイ・サヴォワは世界で最初に日本酒をオンリストした三つ星レストランの一つとなった。
2006年以降、パリのミシュラン三つ星レストランやホテルが次々と醸し人九平次を採用し、その評価は一気に国際的なものへと広がる。フランスのソムリエたちは、醸し人九平次を「米から造られる白ワイン」と表現し、ブルゴーニュの白と同じ文脈で料理に合わせ始めた。日本酒が「sake」という別カテゴリーではなく、ワインと並列に評価される——醸し人九平次が切り開いたこの道は、その後多くの日本酒蔵が世界市場に挑戦する下地になった。
「農家になる」という究極の選択——兵庫県黒田庄への移住
世界で評価される酒を造り続けるうちに、九平治氏はさらに大きな決断に至る。「理想の酒を造るには、理想の米を作らなければならない」——この信念のもと、萬乗醸造は兵庫県多可郡黒田庄町に自社田を持ち、自ら山田錦の栽培に乗り出した。蔵元が農家を兼ねる——日本酒業界では極めて珍しい取り組みである。
さらに2011年からはフランス・ブルゴーニュでワイン造りにも挑戦。モレ・サン・ドニにドメーヌを構え、ピノ・ノワールを栽培し、ワインを醸造する。「米と葡萄、異なる原料でも、発酵と土地の哲学は通じる」——九平治氏の挑戦は、日本酒の枠をも超え始めていた。
- 創業:1647年(正保4年)、愛知県名古屋市緑区
- 15代目:久野九平治(元俳優、1990年代後半に家業を継承)
- ブランド発足:1996年「醸し人九平次」立ち上げ
- パリ進出:2000年代初頭、Guy Savoy採用
- 自社田:兵庫県黒田庄町で山田錦を栽培
- ワイン事業:2011年〜フランス・ブルゴーニュでピノ・ノワール栽培
果実の香りと透明感——醸し人九平次の味わい設計
醸し人九平次の味わいを一言で言えば、「白ワインのような透明感を持つ日本酒」だ。主力銘柄の「純米大吟醸 彼の岸」「黒田庄 山田錦」などは、立ち香に白桃、洋梨、青リンゴを思わせる繊細な果実香があり、口に含むと柔らかな甘みと爽やかな酸が広がる。後味は驚くほどクリアで、ワイングラスの中で時間と共に香りが変化する様子は、まさに白ワインを楽しむ感覚に近い。
重要なのは、この味わいが料理との相性を前提に設計されていることだ。九平治氏はパリのシェフたちと直接対話しながら、どの料理にどんな酒質が合うかを研究し続けてきた。白身魚のムニエル、ホタテのポワレ、鶏胸肉のロースト——こういった繊細な西洋料理と、醸し人九平次の酸と甘みが響き合う。「日本料理にしか合わない酒」ではなく、世界中の食卓で通用する酒——これが九平治氏が目指したポイントである。
家庭で醸し人九平次を楽しむ——ワイングラスで飲む日本酒
醸し人九平次は、間違いなくワイングラスで飲むべき酒である。厚手の猪口や陶器では、繊細な香りと酸のニュアンスが伝わらない。以下の手順を試してみてほしい。
- グラスは白ワイン用のチューリップ型:口がやや窄まったもの
- 温度は12〜14度:冷やしすぎると香りが閉じる
- 注ぐ量はグラスの3分の1まで:空間を残して香りを対流させる
- 最初の一口はゆっくりと:口の中で転がし、香りを鼻から抜く
- 料理と合わせる:白身魚のカルパッチョ、生ハム、チーズ、鶏肉の料理
役者が作った酒——物語が味になるということ
久野九平治氏が今でも「役者のような蔵元」と言われるのは、単なる過去の肩書きではない。彼は酒を売るのではなく、酒の物語を語る。兵庫の自社田での米作り、パリの三つ星レストランでの出会い、ブルゴーニュでのワイン醸造——これらすべてが、一本の瓶を手に取った時の味わいに深みを与える要素になっている。
日本酒業界にはかつて「酒は語らずに売るもの」という美学があった。しかし九平治氏は、「酒は語って、初めて世界に届く」という新しいルールを作り上げた。その結果、醸し人九平次は単なる銘柄ではなく、日本酒が世界市場で対等に戦うための最初のパスポートとなった。
次に醸し人九平次に出会ったら、ぜひワイングラスに注いで、一人の時間にゆっくり味わってみてほしい。一口目の果実香、二口目の甘みと酸、三口目の余韻——そのどこかに、愛知の小さな蔵から世界に挑んだ役者上がりの蔵元の、諦めない物語が確かに刻まれている。そしてその物語を味わうことこそ、日本酒を飲むという行為の新しい形なのかもしれない。
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