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MONOSHIRI日本酒仙禽
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仙禽

江戸時代の製法で醸すモダンエレガンス——栃木の兄弟が起こした革命

栃木県さくら市。鬼怒川水系に近い田園地帯に、文化3年(1806年)創業の酒蔵がある。せんきん——銘柄「仙禽」。一見シンプルな二文字のこの銘柄は、日本酒ファンの間では「モダンクラシック」という矛盾した形容詞で語られる。江戸時代の生酛(きもと)水酛(みずもと)といった最古の製法を復活させながら、味わいはまるで白ワインのようにエレガントで、酸味が際立ち、甘みと酸の共鳴が現代的——「一番古い製法で、一番新しい味を作る」という逆説を、仙禽は体現している。そして、この革命を起こしたのは、元ソムリエという異色の経歴を持つ兄弟だった。

11代目兄弟の革命——ソムリエから蔵元へ

せんきんの11代目当主は薄井一樹(うすい・かずき)氏。杜氏を務めるのは実弟の薄井真人(うすい・まさひと)氏。この兄弟が家業を継いだのは2000年代後半のこと——それまで仙禽は、栃木の地酒として地元中心に細々と営業を続けていた小さな蔵だった。

一樹氏の経歴は日本酒業界では極めて異色である。彼は家業を継ぐ前、フランス料理のソムリエとして活動していた。ワインの世界から日本酒の世界に戻ってきた彼が、蔵の酒を初めて飲んだ時の感想は、後のインタビューで正直に語られている——「もっと酸があった方が、もっと料理に合うはずだ」。ワインの世界で磨かれた感覚は、日本酒の既存の設計に対する違和感として現れた。

2009年頃から、兄弟は蔵を大改革し始める。「20年後の仙禽」をテーマに、ブランドそのものを20年越しで再構築する計画——これを彼らは「江戸返り」と名付けた。江戸時代の製法に立ち返り、そこから現代の味を再発明する。古さと新しさ、伝統と革新、矛盾すら武器に変える——仙禽の名前が全国区になったのは、この大改革から始まっている。

一番古い製法で、一番新しい味を作る——それが、ソムリエから蔵元になった兄弟の答えだった。

ドメーヌ仙禽——蔵と田んぼと水脈を一致させる

ワイン業界には「ドメーヌ」という言葉がある。自社畑で栽培した葡萄だけを使って醸造を行うスタイルで、土地の個性(テロワール)を最も純粋に表現できる方法として評価されている。仙禽はこの考え方を日本酒に持ち込み、「ドメーヌ仙禽」という独自の哲学を打ち出した。

具体的には、蔵の仕込み水と同じ水脈(つまり同じ地下水系)で育った米だけを使うという取り組みだ。さくら市周辺の契約農家と協力し、主に亀の尾雄町、そして地元栃木の酒造好適米を、蔵と同じ水を使って栽培する。「水と米が同じ土地から来たとき、酒は初めて本当の意味でその土地の酒になる」——このドメーヌ思想は、日本酒業界ではほぼ例がない徹底ぶりである。

さらに仙禽は、除草剤や化学肥料を使わない有機栽培にも取り組み、「オーガニックナチュール」という銘柄で無添加・無加水・オーガニック米の酒を打ち出している。ワインの自然派運動(ヴァン・ナチュール)と共鳴する取り組みで、海外の日本酒ファンからも熱い支持を集めている。

生酛・水酛という最古の技法——「江戸返り」の正体

仙禽の「江戸返り」の核心にあるのが、生酛水酛という古代の酒母造りの手法だ。これらは現代の速醸酛(乳酸を添加して素早く安全に酒母を立てる方法)が発明される前に使われていた製法で、野生の乳酸菌を取り込んで自然に酒母を育てるという、非常に手間のかかるやり方である。

  • 生酛:江戸時代に完成した伝統手法、蔵に住み着く乳酸菌を利用
  • 水酛:さらに古い製法、生米を水に浸して乳酸発酵を起こす
  • 速醸酛:明治期以降の近代化で主流になった現代製法
生酛・水酛で仕込んだ酒は、乳酸由来の自然な酸味が生まれ、発酵に時間がかかる分、複雑で深い味わいになる。仙禽はこの古代製法を復活させることで、「人工的に作った酸」ではなく、「自然が作った酸」を酒の中に取り込むことに成功した。これが、仙禽の味わいを語るときに必ず出てくる「甘酸両立」——甘みと酸の絶妙なバランス——の秘密である。

仙禽の味わい——白ワインに近い、しかし紛れもない日本酒

仙禽を初めて飲んだ人の反応は、ほぼ決まっている——「これ、日本酒?」。白桃、青リンゴ、柑橘を思わせる果実香が立ち上り、口に含むと穏やかな甘みと明確な酸が広がる。後味は驚くほどキレが良く、しかし余韻には米の旨味がほのかに残る。白ワイン的だが、紛れもなく日本酒——この矛盾した表現こそ、仙禽の味わいを最もよく言い当てている。

代表的なラインナップを見てみよう。

  • 仙禽 クラシック:生酛で仕込んだ定番、伝統の味わい
  • 仙禽 モダン:現代的な甘酸バランスの主力ライン
  • 仙禽 オーガニックナチュール:有機米使用、無添加・無加水
  • 仙禽 かぶとむし:夏季限定、涼やかでフレッシュ
  • 仙禽 雪だるま:冬季限定、活性にごり酒
かぶとむし(夏)と雪だるま(冬)という季節限定品のラベルデザインはポップで愛らしく、従来の日本酒のイメージを覆す。ラベルもまた、兄弟の戦略の一部——「日本酒を、もっと楽しく、もっと身近に」というメッセージが、ボトルの外観からも伝わってくる。

仙禽を楽しむ作法——ワインと同じ舞台で

仙禽は、間違いなくワイングラスで楽しむべき酒である。以下は蔵元も推奨するスタイルだ。

  • グラスは白ワイン用か、フルートシャンパーニュ:香りを立ち上げる形状
  • 温度は10〜12度:冷蔵庫から出してすぐが理想
  • 料理は洋食OK:生ハム、カプレーゼ、オマール海老、鶏胸肉のロースト
  • デザートにも:フルーツタルト、チーズ、マカロン
特にシャルキュトリー(生ハムやパテ)との相性は抜群で、仙禽の酸がハムの脂を切り、米の旨味が塩気と溶け合う。日本食に合わせるなら、焼き鳥(塩)、白身魚の刺身、蒸し鶏のサラダなど、あっさりした料理が相性が良い。

栃木から世界へ——仙禽が示した「伝統と革新の両立」

仙禽兄弟の改革は、当初は業界内でも賛否両論だった。「生酛は古いから復活させろ、という論理だけでは酒は売れない」という声もあった。しかし結果として、仙禽は国内の日本酒ファンを広く獲得し、さらに海外——特にフランスやアメリカの自然派ワイン愛好家から熱い支持を得るに至った。「最古の技法」と「最新の味」を一本の瓶の中で両立させる——これは、矛盾ではなく一つの美学だったのだ。

栃木県はいま、仙禽や鳳凰美田といった華やかな吟醸系銘柄を抱える個性派産地として、日本酒地図の上で確かな存在感を築いている。その一翼を担う仙禽兄弟の物語は、「家業を継ぐ」という行為が、同時に「家業を作り変える」という行為でもあることを、静かに教えてくれる。

次に仙禽に出会ったら、ぜひ「モダン」から始めてみてほしい。ワイングラスに注ぎ、10度の温度で一口目を味わう。果実香、甘み、酸、余韻——その一杯の中に、200年続いた蔵を20年越しで書き換えた兄弟の覚悟が、確かに息づいている。そしてその味は、あなたの日本酒の定義を、少しだけ広げてくれるはずだ。

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