いちほまれ
いちほまれ ― コシヒカリの故郷が、60年越しに出した本気の答え
「コシヒカリを生んだ県」の静かなプライド
意外と知られていない事実があります。日本でもっとも有名な銘柄米コシヒカリは、新潟県ではなく福井県で生まれました。1956年、福井県農業試験場で品種登録されたコシヒカリは、その後新潟県の越後平野で爆発的に広がり、いつの間にか「新潟の米」というイメージが定着してしまったのです。
しかし、福井県の人々の心には、ずっと「コシヒカリは私たちが生んだのだ」という静かな誇りが残り続けていました。コシヒカリを生んだ場所であるにもかかわらず、米ブランドとしての知名度では新潟の後塵を拝してきた福井——。そのコンプレックスにも似た思いを背負いながら、福井県農業試験場の研究陣は次世代の米の開発に取り組み続けていました。
そして約60年——福井県はようやく、コシヒカリに匹敵する、いや、コシヒカリを超えるかもしれない新ブランド米を世に送り出します。それが、2016年に県の地方系統名「越南291号」として誕生し、2017年4月19日に「いちほまれ」として品種登録出願されたフラッグシップ米です。
名前に込められた、たった一つの願い
「いちほまれ」という名前は、「日本一(いち)美味しい、誉れ(ほまれ)高きお米」の頭文字から取られた——というのが公式の説明です。しかし、そこに込められた思いはもっと深い。「コシヒカリを生んだ県として、もう一度日本一の称号を取り戻したい」——福井県の60年越しの悲願が、この柔らかなひらがなの名前に凝縮されているのです。
県民から名前を公募し、10万件以上の応募の中から選ばれたこの名前は、福井の人々の祈りそのものでした。決定までの過程では、複数の候補名が有識者会議で議論され、最終的に「いちほまれ」という、響きも意味も福井の願いを体現する名前が選ばれました。
「コシヒカリは福井が生んだ子。いちほまれは、福井が育てる孫」——県の関係者はそう語ります。
「てんこもり」と「イクヒカリ」の血統
いちほまれの交配親は、母本が富山県育成の「てんこもり」、父本が福井農試生まれの「イクヒカリ」です。これは福井県の選択として非常に興味深い組み合わせです。
てんこもりは、食味がコシヒカリと同等ながら、見た目の品質が優れていてツヤのある炊き上がりが特徴。イクヒカリは福井農試が育成した品種で、もっちりとした粘りある食感を持っています。つまり、いちほまれは「外観の美しさ」と「もっちりとした食感」を同時に受け継いだ品種として設計されたのです。
開発期間は約6年。2万株以上の候補から選び抜かれ、味、外観、耐病性、栽培しやすさ、のすべての項目で合格点を取った精鋭中の精鋭です。最終選抜では、福井県内の複数地点で試験栽培を行い、どの土地でも安定した食味が得られるかが徹底的に検証されました。
絹のような口どけと、深く広がる甘み
いちほまれの特徴を一言で表すなら、「絹のような口どけ」と「深く広がる甘み」です。炊き上がったときの白さと輝きは、コシヒカリを彷彿とさせる——というより、それ以上かもしれません。粒はやや大きめで、ふっくらと丸く、口に運ぶとまずしっとりとした柔らかさに驚きます。
噛んでみると、最初に感じるのは上品な甘み。その後にじわじわと、米本来の旨みが口いっぱいに広がっていきます。粘りはコシヒカリよりやや控えめで、それでいてべたつかず、後味はすっきり。「重くない上品さ」という、言葉にすると矛盾するような味わいを実現しています。
デビューから日本穀物検定協会の食味ランキングで「特A」を獲得し、米専門家やシェフからも高評価を獲得しました。和食はもちろん、繊細な味付けのフレンチや創作料理とも相性が良く、福井県内外の高級レストランやオーベルジュで採用例が増えています。銀座の寿司店や京都の料亭でも使われるなど、プロの現場に浸透している点は、福井県のブランド戦略の成功を物語っています。
炊き方とペアリング
いちほまれの繊細な個性を引き出すには、水加減は標準よりごく少なめに、浸水は30分〜1時間。炊飯器の「銘柄米モード」があれば活用するとよいでしょう。炊き上がった直後は蓋を閉じたまま10分ほど蒸らし、ほぐすときは粒を潰さないよう優しく。
- 白身魚の刺身・寿司 → 繊細な魚の旨みと対等に向き合える
- 越前蟹・若狭牛 → 福井の郷土食材との相性は言うまでもない
- フレンチ・創作料理 → 上品な甘みが洋食のソースを受け止める
- だし巻き卵・湯豆腐 → シンプルな料理ほど、いちほまれの個性が際立つ
- 米単体で味わう → 塩むすび、もしくは何も足さないひと膳
「親」を超えるか、それとも並ぶか
コシヒカリの故郷が、コシヒカリを超えるために生み出した米——。それがいちほまれです。「親」と「子」の、60年の時を越えた対決という、日本米界の中でも特にロマンあふれる構図がそこにはあります。
実際に食べ比べると、どちらが優れているか一概には言えません。コシヒカリはコシヒカリで、強い粘りと濃厚な甘みの王者としての貫禄がある。いちほまれはいちほまれで、より現代的で軽やかな上品さがある。嗜好の問題と言ってしまえばそれまでですが、両者が並んで食卓に上がること自体が、福井県の60年越しのリベンジの完成形なのかもしれません。
あなたはどちらに軍配を上げるでしょうか。一度、コシヒカリといちほまれを同時に炊いて食べ比べてみることを強くお勧めします。福井の本気が、舌の上で静かに主張してくるはずです。